熊本大学病院
周辺地図 ENGLISH
 

熊本大学医学部附属病院における 病理検体取り違え
事案に関する医療安全調査報告書(概要)

平成25年12月26日

1.はじめに

平成25年6月下旬,熊本大学医学部附属病院(以下,「熊本大学病院」という.)において,二人の患者様に対し,肺がん疑いのため,診断確定を目的にCT下肺生検を実施した.その後,病理部にて標本を作製する際に検体を取り違え,間違ってがんと診断された患者様の右肺下葉を約2ヶ月後に切除した.同患者様の切除標本にがんが見つからず,確認を重ねる中で,9月10日に病理検体の取り違えが発覚し,もう一人の患者様に対してはがんとの診断が遅れてしまう事案が発生した.(以下「本事案」という)

熊本大学病院の医療安全管理委員会において,外部委員を含む医療安全調査専門委員会を設置することが決定され,平成25年9月10日に第1回委員会を開催し,以後平成25年12月5日まで計5回の委員会を行い,12月18日医療安全管理委員会において医療安全調査報告書を承認した.本概要は医療安全調査報告書を要約したものである.

2.事案の調査

本事案の調査は,最初に医療安全管理部からの説明に基づいて事案概要を把握した.その後,本事案現場である病理部の検証,ならびに,事案関係者の聴き取り調査を行った.さらに,病理部の業務手順の妥当性などを検証するために,日本病理学会から推薦いただいた専門家による実地調査を実施した.

3.事案の経過

  • 平成25年6月下旬,患者A様(50歳代,女性)と患者B様(80歳代,男性)の検体が病理部に提出され,技師Cが迅速検体処理でブロック(検体をパラフィンで固定しブロック化したもの)を作成し,それぞれのブロックへ二次元バーコードと標本番号を印字した.
  • 技師Cは,スライドグラスに標本番号を印刷するため,ブロックの二次元バーコード(標本番号)を機械に読み取らせようとしたが,二つのブロック共に読み取りができなかったため,一つ目の標本番号をキーボードに手入力し,スライドグラスに標本番号を印刷した.その後,もう一つの標本番号(別の患者様)のブロックを取り上げ,確認が不十分なまま薄切し,切片をスライドグラスに載せた.もう一つのブロックについても,同様の処理を行った.
  • 技師Dは,染色処理を終えたスライドグラス標本と,元となったブロックについて,組織の形状と染色状態を確認したものの,標本番号の照合が不十分なまま,診断を行う病理医に渡した.
  • この結果,病理医は本来がんではない患者A様をがんと診断し,がんの患者B様をがんではないと診断した.
  • 8月中旬に患者A様に対し右肺下葉切除術を行い,組織を検査したところ,がん細胞が検出されず,その後,検査と確認を重ねる中で,9月10日に病理検体の取り違えのあったことが判明した.

4.本事案の原因と分析

(1)本事案は,以下の2つのエラーが連続的に発生した結果として生じたと考えられる.
  1. 技師Cが薄切標本を作製する際に,ブロックとスライドグラスの標本番号の照合が十分ではなく,この時点で取り違えが生じた.

  2. 技師Dが染色の終わったスライドグラス標本を病理医へ配布(分配)する前に,ブロックとの照合が十分ではなく,取り違えを発見できなかった.
(2)背景要因の分析
  1. マニュアルに取り違え防止手順が示されておらず,取り違え防止のための複数の安全手順の取り決めはあったが,文書化されておらず,周知できていなかった.

  2. 取り決め事項の具体的な方策について,病理部としての統一したルールが確立されていないことや,新入職の技師に対する,組織的なオリエンテーションや教育が行われておらず,また医療安全管理に関しても技師に対する具体的かつ定期的な教育が行われていなかった.

  3. 日常業務で技師がマニュアルや取り決め事項を順守しているかどうかを監査する体制がなかった.

  4. 機器類の動作不良時の対応マニュアルがなく,適切な対応ができていなかった.
今回の事案は病理部の医療安全管理体制の不備の結果として発生したものであり,病理標本作製に携わるどの技師にも起こり得た事案と捉える必要があると考える.

(3)検体取り違えの影響について
患者A様は誤った診断で右肺下葉切除術を受け,術後軽快退院された.平成25年9月時点では約30%の呼吸機能損失が予測されるものの,術後半年ないし1年後の呼吸機能はさらに改善が見込まれると期待され,現在,定期的に受診されている.患者B様は本事案発覚後,がんの切除手術を受け,既に退院された.がんの診断が2ヶ月遅れたことによる影響の評価は困難である.

5.事案後の院内対応

  1. 病院長が病理部責任者に厳重注意を与え,直接関係した技師2名の2日間業務停止と作業手順の厳重指導,業務復帰後の監督を命じた.

  2. 病理部において,取り違え防止手順を加えたマニュアルに大幅改訂を行った.

  3. 病理部での業務の安定性を図るため,技師の有期雇用体制を常勤体制に変更することを決定し,職員の新規採用を開始した.

6.提 言

委員会は,今後の再発防止に向けて配慮すべき事項として以下を提言する.
  1. 病理部としての取り組み
    新入職の技師に対しては,従来の技術教育に加え,検体取り違え防止等の医療安全管理を重視した教育を実施し,声を出しての指差し(指差し呼称)等については実地訓練を行う.また,技師全員に対して再教育を行い,統一された医療安全に係わる手順が実施されるように周知・徹底する.医療安全に係わる手順がマニュアル通りに実施されているかを定期的に監査する.病理部内で毎週行われるカンファレンスの際に,医療安全に係わる報告を確認し,もし問題があった場合には迅速に対処する.

  2. 病院としての取り組み
    病理部医師の増員をめざす.各診療科医師に対し医療安全に配慮した病理オーダー方法についての周知・徹底を図る

7.おわりに

本事案は,病理部において,2人の患者様の検体を処理する際に,確認不足により取り違え,かつ,取り違えを見落としたため,発生したものである.

報告書(概要)では,その原因が事案当事者の不確実な照合だけではなく,マニュアル,職員教育,監査・指導体制など医療安全管理上の問題が要因として影響していることが判明したため,再発防止のために提言を行った.

委員会は,患者様とご家族に対し心から遺憾の意を表明するとともに,お二人の患者様の今後の健康を願うものである.
熊本大学病院
〒860-8556 熊本市中央区本荘1-1-1
電話/096-344-2111 (代表)
   096-373-5996 (時間外受付)
copyright© 熊本大学病院 All right reserved.